2017年12月5日火曜日

第100 極量とは何か

第100話 多少毒性を有する新薬の極量(表)
薬学雑誌 1890年度 p132-134

極量という言葉がある.
大人に対する一日または一回に投与できる最大限の量のことだ.
効果の著しい薬について,危険防止のために定めたものであるが,1991年の 改正日本薬局方で極量の項目が削除され,今は死語になりつつある。若い人は知らないだろう。

ふつう、薬ができたら動物実験でおおよその効果と毒性を調べた後、健常人に低用量から慎重に投与して体の反応を見ながら投与量の目安を調べる(臨床第1相試験)。そのあと第2相、第3相の患者を対象にした試験で治療するときの投与量を決める。
すなわち現在は薬物の投与量は発売開始から決まっている。

ところが昔は薬の投与量が決まっていなかった。
そもそも戦前は医薬品の承認制度すらなく、野放し状態の薬を医師がさじ加減で投与量を決めていた。投与して効かなければ、増量していく。
ここで重要なのはどこまで増量していいか、である。これが極量であり、これがなければ治療はできない。

明治25年薬学雑誌の記事の極量表は,外国文献紹介の欄にある。
  石炭酸水銀  0.03,0.10
  過オスミウム酸 0.015,0.05
  ストロファンチン及其塩 0.0005,0.003
などとテキスト文がなく,1回分,1日分の数字だけ並んでいるところを見ると,説明不要の有用な情報だったのだろう.

載っている「新薬」は無機塩と天然物に限られている.(アスピリンの発売は1899年).
長い間,薬というのは,材料,調合とも秘伝の,得体の知れないものが多かった.信じる者だけに効く.植物そのものを用いることもあり,投与量も文字通りさじ加減だった.
(アボットが「計量医学法」に基づきアルカロイドを抽出,顆粒などにして成功したのは,1888年)。要するに、薬効も毒性も大したことなかった.

明治になると,西洋から効き目(毒性?)著しい「新薬」が入ってきたが,危険なものも多数含まれていた。純度も不明だし,偽物も多い.薬剤師,医師は分析化学の知識のほかに,慎重なさじ加減と注意深い観察力が要求された.
(膨大な,細かい知識の暗記を求められる現代の薬剤師とは,全く違う能力である).最適投与量もはっきり分かっていないのだから,極量というのは唯一の目安だったといえる.

合成化学と動物実験によって生まれる近代医薬品は,1933年のサルファ剤が始まりである.もちろん投与量は決まっていなかった.医薬品の審査,承認制度は,サルファ剤が関係したマッセンギル事件に慌てたFDAが1938年に制定したものだ.それが戦後各国に広がるまで規制は存在しなかった.

なお,この極量表は,撒里矢爾(サリチル)酸水銀,貌羅謨(ブロム)水素酸ヒヨスチン,硝基倔里説林(ニトログリセリン)、古加乙涅(コカイン)といった,当時の表記法を知るにも役立つ。

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