2018年1月20日土曜日

第44 ジャガイモで作った象牙

『馬鈴薯製象牙』
薬学雑誌 第13号 (1883年)677頁

明治16年と言えば、まだ江戸時代を引きずっている。
タイトルを見て、袴姿の男がジャガイモを大量に茹で、粘土のようにこねている場面を想像した。
長屋の畳の上で、長くて太い棒を作り、それを湾曲させ途中で折れないようにそーっと乾かしたあと、先を尖らして磨く。内職として骨董品屋に売るのだろうか。しかし当時いくら本物の象を知らない人ばかりでもすぐ偽物とばれるだろう。

記事は、タイトル『馬鈴薯製象牙』のあと著者名もなく、いきなり本文に入る。
薬学雑誌は1年半前の明治14年11月に創刊されたばかりで、雑誌、論文の形式がまだ定まっていない。

「その製造たるや、先づ馬鈴薯の皮を剥き、その疣目(芽)を去り、注意して海綿状の部分および着色したる部分を削除す」と料理の本のよう。
要するに希硫酸で煮るのだが、濃度や時間は発明者の秘密であって(論文なのに)、
「各人自ら試験することあらば或いは秘訳を会得することあらん」。
「最も注意すべきは馬鈴薯の種類および生育の度」と詳しく教えてくれない。

煮ていてだんだん固くなってきたら温水、冷水の順で洗い、ゆっくりと乾燥させる。
「体面は多いに平滑で、展転しやすく、日光にさらすも破裂することなし。帯青白色、堅硬にして耐久の性あり、その性弾力を有するが故に能く玉突きの球に充つべし」。
著者はこれを擬象牙と呼んでいる。
つまり象牙は形ではなく、材質のことだったのである。

プラスチックのない時代は、珊瑚、鼈甲とともに象牙の需要は非常に高く、ビリヤードの球だけでなく、日本では三味線、箏のバチや爪、ピアノ鍵盤、もちろん細工が容易であるから工芸品などに引っ張りだこだった。しかし圧倒的に使われたのは印鑑である(朱肉がなじみやすい)。

最初の可塑性樹脂セルロイド(1856年)をはじめプラスチックは、もともと人工象牙を目指していたほどだ。それでも手触りなどなかなか本物に近い素材は作れなかった。

だからワシントン条約で1989年から象牙の輸入が止まったとき、業者は困った。
今、人工象牙は牛乳カゼイン蛋白などに酸化チタンを混ぜて作られている。しかし明治の誰か、この薬誌の「論文」を読んでジャガイモを茹でた人はいないだろうか。

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